azisai

「先輩」
彼女はコンクリートの冷たい床の上に横たわっている。体温が酷く低いことは、その病的とも言える青白い肌からも窺い知れた。
「わたしが死んだら、何の花でもいいから一輪だけ、供えてくださいね」
僕は了解の意を込めて、彼女の頬にそっと手の甲をあてる。彼女はくすぐったそうに目を細めたが、そこにあったのは生者が持つべきでない温度だった。
彼女の傍らに転がる、薬の入っていた瓶を見遣る。朽ち抜けた天井越しの青空が、いまは空っぽの瓶の表面に映り込んでいる。これが彼女の最期に見る風景なのだと、そう思うと不思議な感じがした。
「ねぇ、先輩」
僕が手を握り頷くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。握り返してきた手の力も、やがて弱まっていくのだろう。
彼女はこの廃墟で人生を終う。死した空気と完全に同化する。この錆と鉄骨の人々の残骸が、境界を曖昧にした彼女の墓標となるのだ。