Takeshi Shiga

1988-1992: Temple University BA, Computer Science テンプル大学卒業 米国・ペンシルバニア州・フィラデルフィアのテンプル大学にて、コンピューターサイエンスの学位を取得する。日本の受験勉強に疑問を感じ、思い切って渡米しました。パソコンが普及し始めた80年後半、アメリカでコンピューターサイエンスを学べたことは、かなりの幸運でした。

1992-1995: 株式会社QUICK・研究開発本部 日経関連企業に入社。研究開発本部の一員として、社会人のいろはを教わり、社内初のWindowsを利用した汎用端末開発のプロジェクトに関わる。その中で、いままで高価で一部の人のためのものだったコンピュータが庶民のモノになっていく流れを強く感じ、その動きのど真ん中であるマイクロソフトに転職を決意しました。

・1995-2002: Microsoft マイクロソフト マイクロソフトが、Windows95を世に出したその年に門をくぐることになりました。業界の天才たちが集まる環境に身をおいて、一緒に仕事できたことは私にとってかけがえのない財産となりました。そして、英語ができるアドバンテージを、これだけ強く感じられたのは、人生初の経験でした。本社の精鋭とやりとりをし、彼らの考え方や創造性を大きく感じることができました。一度だけ、ビル・ゲイツにプレゼンをして、灰皿を投げつけられなかったのは、ちょっとした自慢です。多数のプロジェクトに参加しますが、製品開発からマーケティングまで、幅広く担当することになります。

・2002-2004: TrendMicro トレンドマイクロ・ウイルスバスター プロダクトマネージャー 国内シェアトップのセキュリティソフト・『ウイルスバスター』のプロダクトマネージャーのオファーがあり、いままでの開発の現場経験とマーケティングの経験を活かす新しい舞台に乗り出すことになりました。オフショア開発が主流になり始めた当時には珍しく、ウイルスバスター開発チームが日本に席を置いていました。大きくユーザーインターフェースを変える新しい試みなど、彼らとのプロジェクトは、米国主導で動いていたマイクロソフトでは、決して味わえないダイナミックで思い出深いものとなりました。

・2005-2007: SQUARE ENIX スクウェア・エニックス プロデューサー MSNでコンテンツ・サービスを流通した経験から、これからはコンテンツの時代が来ると予見し、前々から興味のあったコンテンツ業界からのオファーがあり、新しいフィールドに乗り出すことになります。携帯端末向けのコンテンツ配信のプロジェクトに従事し、コンテンツ企画、制作の過程でキーとなるミドルウェアの開発を、外部パートナーと共同で開発することになります。国内のトップクリエーターと席を並べ仕事ができたことは、私のかげがえのない財産となりました。クリエーター達の創造性の源を知ることができたこと、そして、ブラックボックスになりがちな、ゲーム制作プロジェクト管理の難しさなど経験できたことは、コンテンツ業界とデジタル技術の2つの側面の共存がいかに難しいものか体感できることができました。

・2007: adaptive.Design 株式会社 アダプティブデザイン・代表取締役社長 同社を立ち上げ。外資系のソフトウェア会社を中心にプロダクトマネージメントの仕事を通じて、技術者の想いを届けるお手伝いをしてきました。最近は活動の中心を自分の法人に移して、情報処理の基本的な体系を啓蒙し、IT技術を駆使する人材の育成に力を注いでいます。